異文化とは、一般にある異国が持っている文化。
ところが、考え方で個々にある文化を形成していくもの
でもないものかと想い原点に触れてみようと文化を辞書を視ると。
こうあった:「人類の理想を実現して行く、精神の活動。
技術を通して、自然を人間の生活目的に役立てて行く過程で形作られた、生活様式
およびそれに関する表現。」
キョトンとしてしまった。あら、そうなの。合点が合った瞬間でした。
文化を形成し、個々に生きる道を生み出す生活習慣が、年輪のように
重なり文化へと近づく。つまり…
個々に文化がある
BGMにNorah Jones のTurn me on.
自然としみ込んでくる。まさに、どこかにTurn me on の時期がある。
それを感じるのは、周囲でなく自身。周囲は、それまでのきっかけであり、出逢い。
どれが欠けても、気持ちがON(オンする)ことは、あり得ない。
土地柄、人格、育ち、衣食住の異なる文化に触れると
不思議と気持ちが高ぶる。はて、これは一体なぜでしょうか。
この高ぶりは、何に反応しているのか。
未知との遭遇
知らない、わからない事への興味が湧いて出てきている。
その先にあるものは、一体何か。
感性との出逢い
頭で考え過ぎている感じがしています。
頭で処理してしまう。ところが整理できていません。なぜか。
異なる事で覆い込んでいるだけで、消化できていません。
身体にどうか。こころにどうか。
物理的に、その物体があるわけでもないので、いいかどうかなんて
わからない。そう言ってしまえば、そうなわけです。
こころは、言い換えると気持ち。噛み砕くと、気の持ちようでしょうか。
この気持ちとのやり取りは、感性。感じる気持ち。
「何も感じない…」そうなんだと思いますよ。別に、肩を叩かれるわけでもない
身体の機微にある変化を感じられるかどうか。笑
気持ちですから
一度、直接異文化の生活に入り込んでみると
何かを感じられるかもしれません。
東南アジアでいいな〜っと思うのは、活気という生命力。
そこで感じられる事は、日々の日常
いいわるいではない、自分自身との遭遇。
自分自身との差異。これは、まさに「異文化との出逢い」
自分自身との差異と出逢う事で、妙な刺激に変わります。
それは、よくもわるくもその時、またはその後の
気持ちに通じます。
うん、旅に出てみると遭遇しますよ。独りで。
Written by taka ohara
Topics: 多文化